泉倉寺「桜散る墓域」

撮影ノート

泉倉寺は、江戸時代には寛永寺の末寺だったのですが、印西地方では、さらに末寺四十八力寺を擁する天台宗の中本寺でした。現在、往時を偲ばせる古建築は残されていませんが、昭和42年に再建された本堂は、実に堂々としたものです。

泉倉寺の前史は、龍腹寺と重なります。現在の形となるきっかけは、龍腹寺が北条氏によって焼き討ちされたことにありました。龍腹寺中本坊の主坊であった覚道は、千葉氏に北条氏の討伐を勧め、自らも兵を集めたのですが、北条氏の知るところとなって夜襲を受けてしまいました。覚道は身を隠し、後に、印西の現在地に再興したのだといいます。再興当時は「先蔵寺」と号したのだが、その後、泉倉寺と改めたのです。

彦根井伊候寄進の木造延命地蔵菩薩座像は県指定の文化財です。像高1.39メートル。カヤ材の寄せ木造りで漆箔。鎌倉時代初期と見られます。京都市の壬生寺の像と良く似ていると言われ、地元では、特に雨乞い地蔵として信仰されています。

写真は歴代住職の墓域です。当日は曇り気味で、桜の美しさを表現するには不向きと思われたので引き上げようとしたのですが、ふと、撮影する気になりました。地面に散った花びらがアクセントとなり、墓域にふさわしい静かな雰囲気を作り出してくれました。

泉倉寺「桜散る墓域」
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天龍山泉倉寺
印西市和泉
創建・大同2年(807)
天台宗
本尊・延命地蔵尊

撮影・平成9年4月9日
4×5判 150mmF5.6 F22 1/8秒 EPP
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