ふるさと古寺巡礼 ―印旛・香取、古寺名刹の世界―

ふるさと古寺巡礼 ―印旛・香取、古寺名刹の世界―

観福寺「石段と観音堂」

「石段と観音堂」

▲クリックで拡大写真をご覧いただけます。

妙光山蓮華院観福寺
佐原市牧野
創建・寛平2年(890)
真言宗豊山派
本尊・正観音

撮影・平成9年4月12日
4×5判 90mmF6.8 F22 1/15秒 EPP

撮影ノート

今村昌平監督がカンヌ映画祭で金獅子賞を受賞した、映画「うなぎ」の舞台となったのが佐原市であり、この観福寺でした。広い寺域には八堂宇と鐘楼、庫裏などがあり、山中には四国八十八カ所を模した石仏群もあります。また、伊能忠敬など、多数の名士の墓があることでも知られています。私は境内で、時代劇の撮影に遭遇したことがあります。

観福寺は、古くは辻坊と称されていたのですが、弘法大師東国巡錫の際、この坊に泊まり、以来真言宗となったのだそうです。その後、寛平二年(890)に僧尊海が堂宇を建て、寺号を改めたといいます。太子堂に安置される弘法大師像は、川崎、西新井の大師像とともに関東三大厄除け大師とされるものだが、檀家を多く抱えているので、敢えて宣伝はしないのだと、墓参りの信者が話してくれました。

寺宝の釈迦如来、十一面観世音菩薩、地蔵菩薩、薬師如来の四金銅仏は、国指定の重要文化財となっています。この尊像は、元々は香取神宮の本地仏であったものを、明治の神仏分離で一度は民間に流出したものの、篤志家の手で観福寺に納められたのです。光背はすべて青銅円板で、薬師だけは昭和42年の補鋳です。十一面観音と釈迦如来の光背に同書体、同配字で印刻があり、弘安5年(1282)に香取神宮の本地仏として作られたことが分かります。像造の趣旨、紀年が、これほど明確な例は珍しいのだそうです。

観音堂の前の石段に、大きな花が咲いていました。花をアップにして観音堂を入れようとしましたが、良い構図にまとまりません。どうしたものかと、一旦、下まで降りて考えていると、階段全体を入れた形の絵が閃きました。三脚を立て直し、露出は、階段の石に合わせて撮影しました。