新橋観音「朝の境内」

撮影ノート

新橋と書きますが、その読みは「にっぱし」で、平安末期には記録に表れている、とのことです。この観音様も「にっぱし観音」と呼ばれ、近在の人々に親しまれてきました。付近を高崎川が流れ、水害が多かったようで、「新橋」という地名も、水害の度に新しい橋を架け直したためだ、という説があります。

寺伝では創建は大同4年である、とのことです。川向こうに麻賀田神社があり、その付近に「法性院」という幻の寺があったと言われています。少し離れた台地上から「寺」と書かれた墨書土器が発見されました。

境内には一堂があるだけですが、石碑や石仏があります。境内の下総式板碑は親の追善供養のために遺子たちが造立したらしいのですが、新橋観音よりも南では存在が確認されておらず、その南限であるとされています。

この写真では、斜光線が境内の杉と石碑に逆光となって、その時の空気感と相まって、神秘的な雰囲気を醸し出してくれました。

(参考・富里市文化財ページ 写真の石碑は下総式板碑ではありません)

新橋観音「朝の境内」
▲クリックで拡大写真をご覧いただけます。

真乗院観音堂
富里市新橋
創建・大同4年(811)
本尊・馬頭観音

撮影・平成11年11月11日
4×5判 210mmF5.6 F22 1/8秒 EPP
前の写真印旛・香取古寺巡礼トップへ戻る次の写真